【5/11 金曜日】
太陽が嬉しい☀清々しい朝です…
今朝の練習にて…
体は不思議です。
課題は永遠に尽きないです。
身体の一つがクリアになると、また新しい疑問が増える…
またクリアになり、また新たな事が…
エンドレス…終わりなき旅です。。。
旅を続けると、景色は少しずつ変わります。
今、ある体の声を…聴き
今、必要なことを…見つめ
こころで動いていく…
今日はアーサナの動きをしない練習となりました…
これから…たぶん
度々そうなります。
●6:00~<マイソール>
美しくなっていくからだ、変化が著しいです♪
●8:30~<マイソール>
今日は呼吸がアーサナより勝りました。
●10:20~<ボディケアyoga>
じっくり伸ばします。
●11:00~<エネジーフローyoga>
呼吸筋意識で、普段の呼吸へシフトできるからだへ…
レッスン後は様々なお話し…
旅行の話しから、母の仕事、女性の大変さ、などなど…多岐にわたり
平等という話しに…
様々な分野の「マイノリティ」
平等という意識は、強くなり過ぎると、多様性側に不平等を招くことがあるのでは…
そんなお話しになりました。
✿素敵な時間をありがとうございました。
下記記事、見つけました↓
「善意の暴力」に共感
善意、正義、などという名に縛られる社会、どんどん息苦しさを感じます。。
※ 東洋経済オンライン~
「マイノリティは共生を求めている」
その一部分を拝借します。
たとえば日本人が朝鮮の文化を完全に理解することは、たぶん無理な話です。沖縄でもそうでしょう。
LGBTともなればかなり難しいと思います。だから、別に理解しなくてもいいんだと思うんです。
問われているのは理解するかしないかではなくて、一つのシステムのなかで同じ権利を有するかとか、あるいは共存、共生できるかでしょう。私は理解しなくても共生はできると思います。
「よくわかんない人たちだけど、まぁいいか」みたいに。お互いに攻撃を仕掛けないかぎりにおいては、それでいいわけですよ。
無理に理解という言葉に置き換えて強調すればするほど、「善意の暴力」になりかねないと思います。
マイノリティの人たちは、理解よりむしろ共生を求めているんだと思います。
●第一線の新聞記者であり
ノンフィクション作家としても活躍する田原牧さん
トランスジェンダーであることをカミングアウト、LGBTの問題とも向き合ってきた。